中国貴州省とそこに住む少数民族の事を主に書いてます。また、希望工程を通して見た中国農村部の教育の現状や中国の農村の様子についても書いてます。


by sakaijiu1
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カテゴリ:苗族と祭り( 5 )

盟神探湯の由来

「苗族習慣法的遺留伝承及其現代転型研究」第二章の中で著者(徐暁光氏)は盟神探湯の由来について実に興味深い見解を述べています。

中国の雲南省等の少数民族の間では、かって鍋の中に焼いた石を入れて料理、調理する方法があったそうですが、そのような鍋に焼いた石を入れて鍋の中の物を煮ると言う方法と盟神探湯が関係があるという見解を述べているのです。(p90)

「盗」という字は中国の古代の文字では、水、火、肉、皿の四つの部分からなっていたとのことです。その文字の成り立ちから見ると、皿器(中国語 原文)に水をいれ、火と肉とあることから、鍋に焼いた石を入れて肉などを煮た料理法と関係しており、「盗」の最初の意味は、古代焼いた石で調理した肉をその鍋から取りさることを意味したのではないかと記述していることです。

古代肉を鍋などで料理しているとき、人によっては、まだ食べて良い前に勝手に鍋の中に手を入れて肉などを取ろうとした者が居たことと関係しているのではないかとの見解を示していることです。鍋の中の肉を勝手に取ること、取り出すことが「盗」という文字の最初の意味ではないかというように徐暁光氏は述べています。

盟神探湯が何故沸騰したお湯の中から、石や斧や卵を取り出すと言う方法をとったのかよく理解出来なかったのですが、この徐暁光氏の本を読んで私は長い間疑問に思っていたことが解けました。

ネットなどで中国語を含め「盟神探湯」を検索しても盟神探湯がどういう事jかは載っていますが、何故お湯の中に手を入れるのかについては書いてません。

徐暁光氏は凱里学院の副院長で、著者の経歴を拝見すると日本にも留学された経験のある方です。私は、08年に凱里学院を訪問した際に、徐副学院長にお会いし、先生から著書「苗族習慣法的遺留伝承及其現代転型研究」を頂きましたが、長い間読まずに置いたままでしたが、最近になようやく目を通した次第です。大変面白い本です。
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by sakaijiu1 | 2010-03-08 00:01 | 苗族と祭り
「苗族習慣法的遺留伝承及其現代転型研究」徐烧光著(貴州人民出版社)の「第二節 神明裁判的審判法(二)捞汤」(p76)で貴州省黄平県の苗族の間で、行われていた「烧探」=盟神探湯(くがたち)について詳しい説明をしています。

それによれば「烧探」で用いられる鍋は鉄製で出来ており直径約50センチメートル、ご飯を作る際に使われる鍋より深いとのこと。柄の付いた斧を鍋に投げ入れて、その斧を鍋の中から取り出すことで審判を下すこと。鍋の中には牛の油、粟、蜜蝋を入れてかき混ぜ、火を点けその後で斧を鍋の中に投げ入れるそうです。(p78)

興味深いのは、「烧探」が行われた次の日に手に火傷による水膨れがあるか、無いかで審判を下すと言う点です。何故か分かりませんが貴州省黄平県の苗族で行われた「烧探」では二日目に判断したとのことです。

剣河県の苗族の場合には、お湯が沸くと鍋の中に米、粟、牛の油を入れたそうで、お湯だけとは限らなかったようです。「第二節神明裁判的審判法(二)捞汤」より(p79)

私が盟神探湯と言う審判法を知った時に大変疑問に思ったことは、沸騰したお湯の中に手を入れれば、誰もが火傷をするのではないかと言う点です。ある人が火傷をして、ある人は火傷をしないようなことが実際あるのかという事ですが、次のような記述をみて、長い間疑問に思っていたことの謎が一つ解けました。

上記の本の「第三節 苗族司法的特点及文化理解 三、神判中的人判因素」の中で著者は次のように記述しています。(p88)「中国西南民族の間で行われていた捞汤の場合には、鍋の中に米(苗族、イ族)、酢(壮族)、酒などを入れて温度を下げ、油の温度が下がった状態で、手を入れたので見た目よりは温度は低いこと」

「また、斧を鍋に入れる際に斧の柄に特別な薬物を塗り油の中に入れると鍋の中の油は沸騰しているような状態になるが油の温度はそれほど高くない」

「特別な薬物を手に塗り火傷を防いだり、お湯の場合も特別な物質を鍋に入れてお湯が沸いているような状態にしたそうで、そうすると沸点に達する前にお湯が沸騰しているような状態になった」そうです。

従ってそれほど温度も高くなかったようです。日本でも古代に盟神探湯が行われたとの記述があるそうですがどうだったんでしょうか?
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by sakaijiu1 | 2010-02-26 02:49 | 苗族と祭り

盟神探湯と苗族

盟神探湯(くかたち、くかだち、くがたち)と言う言葉が歴史の教科書に載っていたのを思い出します。高校の日本史の教科書に載っていたように思いますが、その言葉の響きと盟神探湯を何故くがたちと発音するのか不思議に思った記憶があり「くがたち」という言葉は忘れられない言葉の一つです。

「苗族習慣法的遺留伝承及其現代転型研究」徐暁光著(貴州人民出版社)の中に、貴州省苗族の間で行われていた「盟神探湯」についての大変詳しい記述があります。但し残念な事には苗語では「探湯」をどう表現するかは著者は述べていません。

「苗族習慣法的遺留伝承及其現代転型研究」の中では「探湯」のことを「捞汤」又は「烧汤」と記述しています。「捞」は日本語に訳すと「掬う」で、「捞汤」はお湯を掬うという意味になりますが、これは苗族の言葉を漢語に意訳したのかどうかについても記述がなく不明です。「烧汤」はお湯を沸かすと言う意味になると思いますが、これも苗語を漢語にしたのかどうか不明です。

「探湯」は中国の文献にもあるようです。《搜神记》卷二の中に「扶南王范寻养虎于山,有犯罪者,投与虎,不噬,乃宥之。故山名大虫,亦名大灵。又养鳄鱼十头,若犯罪者,投与鳄鱼,不噬,乃赦之,无罪者皆不噬。故有鳄鱼池。又尝煮水令沸,以金指环投汤中,然后以手探汤:其直者,手不烂,有罪者,入汤即焦。」と言う記述があります。後半部分を日本語に訳せば 「水を沸かし、金の指輪をお湯に入れた後、手をお湯に入れると、罪の無い人の手は爛れず、罪有る者の手は焼け爛れる」と言った感じでしょうか

「探湯」は現代の中国語の発音では「tan tang」ですが何故「くがたち」というように転訛したのか気になり調べていますが分かりません。


盟神探湯はイ族にもあったようです。「天菩薩」と言う映画があります。この映画は実話に基づいて創られたと言う映画ですが、1940代半ば抗日戦争中に四川省でイ族の奴隷になったアメリカ軍の軍人が主人公で、この主人公が鶏を盗んだ罪を着せられ「盟神探湯」にかけられるシーンが映画に出てきます。

この場合はお湯の中に卵を入れ、お湯の中の卵を取り、その手が爛れているか、爛れないかでその罪状を判断しますが、主人公であるアメリカ人は手が爛れることがなく無罪となり、片方は手が水膨れとなり罪人と認定されます。

イ族女性と結婚してイ族の村で生活していたこのアメリカ人は、その後、無事救出され故国に帰り、その体験を本にしたそうですが、その本は見ていません。その本を基にしてこの「天菩薩」という映画は創られそうです。この映画の題名の「天菩薩」とはイ族の男性の髪型ををそう呼ぶので「天菩薩」という題名になったそうです。
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by sakaijiu1 | 2010-02-25 03:43 | 苗族と祭り

姉妹節について

「苗族婦女服装研究」(貴州民族出版社・席克定著)という本の中で、著者は姉妹節の起源や由来、また、何故姉妹節に姉妹飯を食べるのか、苗族の間に伝わる幾つかの説を紹介しています。
「姉妹飯」は、糯米を蒸してつくり、幾つかの色に染めたおこわだそうで、多くは紅、黄、緑、紫等五色に染めるそうです。

台江県革一郷に伝わる姉妹節の由来は「昔、ある村に美しい未婚の娘が沢山いたそうです。その村に住む娘達は、私達が住む村は豊かで綺麗だが未婚の娘が多いのは何故と考え、皆で相談の結果、お金を出し合い姉妹飯を作り、遠くの村から若者を招いたそうです。姉妹節の日には闘牛や芦笙や競馬なども催し若者をもてなし大変に賑やかだったそうです。遠方から来た若者が多く、その若者が帰路お腹が空いても大丈夫なようにと「姉妹飯」を土産に持たせたそうです。その後、若者達は「姉妹飯」のお礼にとその村を又訪れ、「姉妹飯」のお礼にと布や針や糸を娘達に贈り感謝の意を表したそうです。これを機に娘達と若者達の交流が始まり、その後、その娘達は皆結婚した」とのことです。

施秉県のある苗族の村には、「昔、ある村では、若い男達は皆山に開墾に出掛け、村には若い娘だけが残されたそうです。そこで村の長老が若者達と娘達が知り合う事が出来るようにと考えて、娘達に「花花飯」を作るように言い、その「花花飯」を食べれば蚊に刺されない、花花飯は蚊を防ぐと言い広めるように言ったところ、山の若者はその事を聞きつけ、村に来て「花花飯」を食べたそうです。それを機会に交流が始まり、結婚した」というような話が伝わっているそうです。

この姉妹飯を食べると蚊に刺されない、姉妹飯は蚊を防ぐという話は他の苗族の村にも伝わって居るそうです。
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by sakaijiu1 | 2010-01-24 22:05 | 苗族と祭り

苗族の祭り

俗に「大節三六九,小節天天有」と中国語で言われるように少数民族が多く住む貴州省には年間を通して祭りが多いです。その意味するところは「貴州省には大規模な祭りは三月、六月、九月にあり、小規模な祭りは毎日のようにある」と言った感じでしょうか。(注:祭りの行われる日時は農業暦です)

「苗族婦女服装研究」(貴州民族出版社・席克定著)という本の付録には貴州省で行われる苗族の祭りの一覧表が載っています。苗族だけでも年間で約100の祭りがあるとの事で、その祭りが行われる場所、日時、内容などについて詳しく記載されています。もっとも百近く祭りがあると言っても苗族は百苗といわれるほど支族が多いので、その支族が行う祭りも数えた数字です。貴州には「三里不同風、十里不同俗」というような言い方もあるので同じ苗族の祭りでも地域により少しづつ違うようです。

毎年3月15日から17日までの3日間にわたり行われる苗族の「姉妹節」は苗族の祭りの中でも特に有名ですが、清水江流域の施洞鎮で行われる「姉妹節」にはここ数年多くの観光客が殺到しているようです。今年の「姉妹節」は時期的には大変いい時に行われるのでより多くの人が観光に来そうです。ただし、その祭りの内容を見ると以前とは大分違ったものになっているようですし、新しい趣向も取り入れられているようです。

「剣河」などで行われる苗族の姉妹節の方は観光客も少なく、より伝統的な祭りの形が依然として残されているようです。夜には「遊方」も行われるそうで、今では姉妹節の時に「遊方」が行われる地域は減っているようです。

以前施洞鎮に行った時、祭りのときは施洞鎮には宿泊施設も少ないので宿代は3倍から4倍になると話してました。今年の姉妹節は、その行われる時期もよいので施洞鎮の姉妹節に大変な数の観光客が殺到しそうです。

祭りの行われる時期は農業暦で書いてありますが、中国の中央テレビの午後7時のニュースなどが始まる時には今日は農業暦の何月何日であると言います。また、以前と比べ少なくなりましたが新聞などにも農業暦が併記してある場合も多いです。なお今年の「春節」遅い方で2月14日です。報道によれば一部の地域では「農民工」の帰郷も始まったそうです。因みに昨年は1月26日。
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by sakaijiu1 | 2010-01-23 03:38 | 苗族と祭り