中国貴州省とそこに住む少数民族の事を主に書いてます。また、希望工程を通して見た中国農村部の教育の現状や中国の農村の様子についても書いてます。


by sakaijiu1
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ある写真集

「黔境古風」と言う写真集があります。中国の人民美術出版社から、1999年に出された写真集で題名の示すように「黔」すなわち貴州省にすむさまざまな少数民族の衣装や祭、村の風景、その住まいなど撮影した大変貴重な写真集で、撮影者は曽憲陽となっています。後書きによれば、この写真集に載せられている写真は、すべて1984年から1987年の間に、貴州省で撮った写真だそうで、私は、2000年に貴州に行った際、貴陽市のある書店で偶然見つけ購入しました。
著者は、この写真集の後書きに80代後半からの改革開放政策の影響で、貴州省農村部の交通事情も大きく改善され、少数民族の住む村々にも外部からの文化が入り込み、特に商業主義的な影響を受け、人々の価値観に大きな変化が生まれ、伝統的な衣装や生活習慣に大きな変化が生じ、祭などもある祭は簡素化し、ある祭は変化し、変質し変わってしまったとも書いています。また、著者はこのような変化は歴史の流れであり、止めることは出来ない事柄であるとも書いています。私もこの写真集を見て一度是非見に行きたいと思った祭、大花苗族の跳花節という祭がありました。08年3月に念願が叶いその祭を見ることができましたが、その祭もやはり変化していました。
ある資料によれば、その跳花節も昔は3日3晩に渡り行われていたようですが、私が行った時は、祭は1日だけで、その祭の内容も予め本で読んでいた物とは全くと言っていいほど違った祭になっていました。
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演台があり、そこで踊りや芦笙の演奏がありました。この女性はその舞台で芦笙を吹いていた女性ですが、苗族の女性は芦笙は吹かないとの記述を読んだことがあります。男性のみが芦笙を吹くと。
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# by sakaijiu1 | 2009-10-28 22:28 | 貴州省と少数民族

モチについて

貴州省に住む多くの少数民族は稲作民族ですので、モチやおこわなどの食べ物は貴州省ではごく普通に見かけます。少数民族の中でも苗族、トン族、布依族などは特によくモチ(中国語では糍粑=ci ba)を食べる様です。
作り方も日本と同じで、糯米を一晩ほど水に浸し、その糯米を「甑」という蒸し器で蒸し、臼にいれ杵で搗いて、その後小さく丸め、きな粉やごま等をまぶして食べるそうで、食べ方も日本と大変よく似ています。(注:甑は日本語ではこしきと読むようですが中国語ではzengと発音します。)モチを水の中に入れて長期に保存する地方もあり、このように瓶、つぼに水を入れその中にモチを入れて保存するやり方は私の田舎でもやっていた保存法でもあります。中国語ではモチを搗く事を「打糍粑」と言います。
西江千戸苗塞で食べたモチ。好みにより砂糖をふりかけ食べるとのことですが、私は砂糖は入れず食べましたが、この時にもこれをなんと呼ぶのか聞かないでしまいました。あっモチだ、モチが出てきたという驚きのほうが強くどんな時にモチを搗くかも聞かなかったです。
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前にブログに書いたことがありますが貴州省六盤水市猴場郷格支村という村を尋ねる機会がありましたがその村は「喇叭苗族」が住む村です。ある農家に行ったら石臼と木で作った横杵が置いてありました。モチを搗くのかどうかは残念ながら尋ねないでしまいましたが喇叭苗族(ラーパ苗族)も稲作民族です。その家で食事をご馳走になりましたがご飯が出てきました。
格支村の風景、水田もありました。私が行った所は戸数15軒ほどの小さな集落ですが、若い人は沿海部に出稼ぎ行っている人が多いそうです。
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村のある農家で見た杵と石臼ですが、モチを搗くのかどうかは聞かないでしまいました。と言うより言葉も全く通じなかったのですが、、、、
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村へ行く道は歩きとなります。途中の風景春先で田んぼにはレンゲが植えてありました。
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村の別の集落の様子で、最近ではこの村でも木造ではない家も出来つつあります。
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ネットで「糍粑」を検索すると福州省、湖南省などでは木で作った杵と石臼でモチを搗くようで、臼は木臼とは限らないようです。モチを搗く時の臼は木臼とばかり思ってましたが、地域により石臼でモチを搗くことはネットで調べ初めて知りました。杵は日本では普通に見られる横杵ではなく、縦杵でモチを搗く所も多いようです。
面白いのは「糍粑」はどんな食べ物かとか、「糍粑」はどうやって作るのかなどの質問もネット上では多いことです。ネットで検索すると画像入りで「糍粑」の作り方、食べ方が掲載されています。中国では貴州、四川、湖南、福州、雲南等では糍粑は普通の食べ物ですが、それ以外はあまり食べないようです。

小学館の中日字典でモチを調べると「日本の「もち」に最も近いものは“年糕"で,もち米の粉をこね,蒸してついたもの」など書いてありますが調査不足のような気がします。デイリーコンサイス日中辞典 (三省堂)でもモチ=年糕としていますが、これも問題ありと言わざる得ません。両方の辞書には「糍粑」と言う語彙が出てきません。

私たちが子供の頃はよく家で餅搗きをしたものです。60年からは、杵や臼でモチを搗くことは少なくなり、モチも機械で搗くようになりましたが。日本でもそのうちにはモチはどうやって作るのかと言うような質問もネット上に現れるようになるかもしれません。
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# by sakaijiu1 | 2009-10-27 00:01 | 貴州省と少数民族

貴陽市のある書店

貴州省の省都は貴陽市ですが、貴陽に行く度に必ず立ち寄る書店があります。貴陽市の中心部の一つに「大十字」と言う大変に賑やかな通りがありますが、その近くにその本屋はあります。
大十字付近の様子です
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個人でやっている小さな本屋さんですが、この本屋に立ち寄るのは貴州省に関する本が大変に多くそろっているからです。貴州省には「貴州人民出版社」という出版社がありますが、特に貴州に関係する本を多く出版している会社ですが、この出版社から出版されている本は、ほとんど揃えてあるようでこのような特色ある書店は、貴陽でも少ないです。貴陽には有名な「西西佛書店」と言う本屋もありますが、貴州省関係の本の品揃えではこちらの本屋が勝ちと言う感じです。この本屋に立ち寄り、その後茶館でお茶を喫むのが楽しみの一つです。
この建物の中に、本屋と茶館があります。
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隣には「茶館」もあり、お茶も楽しむことが出来ます。貴陽市などでは、最近喫茶店も沢山出来ていますが、ここは昔ながらに「中国のお茶」しか置いてません。中庭もありそこでもお茶を楽しむことが出来ます。お茶は一杯10元からです。
本屋の正面。中庭でお茶を楽しむ人達。2階に茶館はあり、中は中国風のインテリアです。
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# by sakaijiu1 | 2009-10-15 03:12 | 貴州省

貴州の料理はなぜ辛いか

「中国辛辣文化与辣椒革命」によれば辣椒(唐辛子)が中国に伝わったのは、明朝の末にアメリカから中国へ伝えられたのが最初だそうです。最初は鑑賞用として入ってきて、まず、広州、広西チワン族自治区、江西、貴州、湖南などに広まり、その後中国西南地方を中心に広まったとの事。
そして、清朝の初めに、貴州で辣椒が食用として食べられたのが最初だそうです。その後、貴州省の近隣各地に食用として辣椒が利用されるようになったとの事。元々塩が少ない土地である貴州では、塩の代わりとして辣椒が食用として利用されるきっかけだとしています。康煕年間には「土苗用以代塩」との記載もあり、乾隆年間(1736-1795)には貴州省では辣椒の大量消費が始まり、その後雲南省や湖南省などで辣椒が普通に食べられるようになった。19世紀初めの道光年間には、貴州人は毎回の食事に辣椒を用いるといわれ、19世紀半ばになると貴州人は何時も辣椒を食べているとまで言われるようになったそうです。
写真は貴州省黄平県楓風村で食事をご馳走になったときの食卓の様子。唐辛子の入った碗がテーブルに置いてありその碗の調味料に付けて食べます。
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南開郷の祭りでの食事。こちらは料理にかなりの唐辛子が入っているのに、さらに唐辛子の入った椀で唐辛子をつけて食べる。やはり、唐辛子入れの碗が置いてあります
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辣椒が中国に伝わる以前には、中国では花椒、姜、サンシュユ(茱萸)などが調味料として食されていたそうで、特に花椒は中国では重要な位置をしめており、花椒は別名川椒、巴椒、蜀椒などとも言われ長江流域や黄河の中下流域に幅広く見られ、食用として調味料として利用されていたそうです。
また、中国では、古代にはお茶を飲むときに、花椒、姜、桂が加えられていたとの事。(中国古代普遍有煮茶加姜椒桂)
雲南省民族学院に留学していたとき、学生食堂のおかずが唐辛子で真っ赤だったのを懐かしく思い出します。雲南省に行く前は河南省鄭州に住んでいたのですが大学の食堂などでは、料理には唐辛子は全く使っていませんでした。雲南省では一般の食堂にもテーブルには必ず唐辛子が置いてありました。また、辛油も置いてあり雲南名物過橋米線や米線を食べる時には、皆唐辛子か辛油をふりかけ食べていました。
貴州では「羊肉粉」や「牛肉粉」と呼ばれる米粉で作った麺が有名ですが、雲南などは違い最初から唐辛子がたっぷりと入っている場合も多い。貴州省では、テーブルに酢が置いてありますが、これは余り辛い場合に酢を入れると辛味が少し和らぎ、味がマイルドになるからです。
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これも貴州名物の腸王麺です。こちらの麺は米粉ではなく小麦で作った麺。
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上海や北京の大都市には、最近貴州料理の店も多いらしく、民族衣装を着た店員さんが店頭で民族楽器を演奏したり、店内できらびやかな苗族の衣装を身につけサービスしたりで結構人も入っており、人気もあるようです。四川菜館や湘菜館、毛肚火鍋などの四川料理や湖南料理などは今では中国では、現在ではどこでも見られます。四川料理や毛肚火鍋の大手チェーン店は全国規模で店を展開しており、どこでもその料理味わうことができます。
西江千戸苗族の李老師の宿に宿泊したときの写真で、やはり唐辛子入りの碗がテーブルに置いてあります。
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俗に「四川人不怕辣, 湖南人辣不怕, 贵州人怕不辣」と言うそうですが 、「貴州人怕不辣=貴州の人は辛くないのが怖い」、これらの食事を振り返るとそのような言い方がよく分かるような食事の数々です。
なお、貴州の料理は「麻」ではありません。「辣」です。ここが四川菜と違う点のようです。
この記事のなかで大変興味深く、そして非常に面白く読んだのは、中国では特に辛い食文化圏から近代、現代中国の歴史を彩る多くの人材が出たことが、中国全土に「辛い食文化」が広まった理由の一つではないかとの見解を述べていることです。陳獨秀、張愛萍、陳毅、郭沫若、曾国藩、魏源、宋教仁、陶鋳、李立三、向楚、毛沢東、朱徳、胡耀邦、邓小平,彭德懐などは皆四川省や湖南省出身です。

北京に移り住んだ現代史を彩るそのような人達が故郷の辛い料理を懐かしく想い、食べたいので北京にある有名なあの四川飯店を造らせたというような内容の記述を何かの本で読んだ記憶があります。その当時ですから、本場の四川料理とはやはり少しは違ったとも書いてあった記憶があります。

「中国辛辣文化与辣椒革命」の中で著者は毛沢東はかって「不吃辣子不革命来」と言ったそうで、その著者も「辣椒與革命看来還真有関係了」と記述してます。
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# by sakaijiu1 | 2009-10-09 01:54 | 貴州省と少数民族

施洞苗族の刺繍について

南方週末という新聞がありますが、その新聞の07年4月12日号に「施洞苗绣无字史书」という記事が掲載されていました。以前から南方週末は中国に行った時は必ず買う新聞の一つですが、早く買わないと売れきれてしまうこともあります。
その記事の中で台江県施洞の苗族の事や施洞苗族の刺繍について触れています。台江県は清水江沿いにありますが、清水江は苗族が故郷を思い流した涙で出来た河だと古くから苗族の歌に歌われているそうです。施洞鎮は古くから水運交通の要衝で、特に陸上交通が不便な時代には施洞は交易の中心地であり、湖南省、湖北省からも多くの商人が移り住んだそうで、施洞の一部の街にはその当時の影響を受けた建物も見られるとの事。また、施洞の人達は黔東南地方の当時重要な地であった旧州(今の榕江)でおもに木材を商っていたそうです。そういえば何かの本で昔から清水江流域の木材は有名だと書いてあったのを思い出しました。
施洞鎮政府の建物、この後ろに政府の招待所がある。一泊30元。姉妹飯の時には予約しないと泊まれないそうです。また、値段も2倍から3倍に跳ね上がる
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このような背景もあり、施洞の苗族の刺繍は早くから外部の人に知れ、また施洞の苗族は刺繍を外部の人に売るようになったとの見解を述べています。旅行が盛んになるにつれ施洞の「姉妹飯」は、中国国内は無論、世界的にも有名となりその施洞の苗族の華やかな服装や銀飾りや刺繍は「百苗族」の中でも特に有名になったと書いています。
施洞鎮の中心地。施洞大道の街並 台江県行きのバスも鎮政府横のバス停から出る。この姉妹飯は機会があれば是非とも見学したいと思っていますが施洞鎮がどのような街なのか下見もかね行ってきましたが、雨も降って寒かったので2,3時間で台江県に引き返しました。
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毎週土曜日に開催される施洞の「市」は有名で、最近では万を超える人々が集まるそうです。この「市」で売られる施洞苗族の刺繍も、最近は手で刺繍したものではなく、ミシンで刺繍したものが多いそうです。また、刺繍をする若い女性の多くは沿海部に出稼ぎに行ってしまい、昔ながらに手で刺繍する人は少なく、最近は刺繍も出来ない人も多いとしています。沿海部で働けば一ヶ月で2000元の収入が得られるので、地元で刺繍をして生活をするより外部へ出て行くそうで、ミシンでの刺繍は元々出稼ぎで沿海部に行った人がミシンやそのミシンで刺繍する技術も田舎へ持ち込んだそうです。
古くから代々家に伝わった苗族の多く衣装も売られ最近では古くから伝えられた衣装はほとんど見かける事は出来ないそうです。施洞の刺繍では、人物、魚、かえる、鳥、蝶、龍、麒麟など50余りの図案は特によく見られるとの事です。
また、中国には四大刺繍という呼び方がある事をこの記事で初めて知りました。四大刺繍とは「蘇繍、湘繍、蜀繍、粤繍」だそうです。
鎮政府の横にある食堂。辛いのが苦手の人もいるらしく唐辛子は全く入っていない鍋
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# by sakaijiu1 | 2009-10-08 03:03 | 貴州省と少数民族